天気に恵まれた冬の糸島懐庵。今日は、内田樹先生を招いてのトークイベントが開催されます。
またファッションデザイナー山縣さんのデザイン塾cocoaメンバーが一足早く集まり、講評会の準備を始めました。
6月からオリジナルの起源をみつめなおすところから始まり、それをデザインした作品を初めて公開する日でもあります。
彼女たちの作品を内田樹先生・甲野先生にデザインの表現に潜む彼女たちの思いや作品から立ち上がる印象について講評をいただき、続々と集まる一般参加者の声をお聴きできた一日が始まりました。
恒例となった甲野先生の薪割り指導、佐世保の野元さんの火起こし体験では、薪がスパっと割れる瞬間の感覚や身体の使い方、火起こし体験は非日常の体験を楽しみました。初参加の方も、慣れないながらもあちらこちらで自由に体験しながら、懐庵ならではの空気に包まれてきました。
そして、少し陽が傾いた時間から、現代思想家内田樹氏、古武術研究家甲野善紀氏、そして数学者森田真生氏の鼎談が始まりました。司会は深町健二郎さんです。
内田樹先生と森田さんが初めて出会ったのは、2007年。内田樹先生が小林秀雄賞を受賞したときだそうです。このご縁も甲野先生によるものだそうです。
今回の鼎談、テーマは何もありません。
お話は、ゾウリムシの『記憶』を始まりに、外界のイメージを自分に刻む生き方、人間は自分の内側にあるものしか外側をつくり出せないこと、決定論、共身体をつくるスポーツ、存在と非存在、手段としての意味・・・など、約2時間の鼎談は、知性と身体性の両方の関係性について繰り広げられました。
森田さんはゾウリムシにも個性があって、見ていると面白いというお話から始められました。
単細胞生物のゾウリムシは、細胞1個で意思決定の連続をしています。脳もなければ、目もないけれど、化学反応のネットワークを持っています。
彼らの意思決定は、餌を追うときや敵がきたときに追ったり逃げたりすること。その瞬間・瞬間で水温が低すぎるところに進み過ぎてはいけないし、敵を判断して逃げなければなりません。それらの意思決定は外界とのつじつまの合う記憶に支えられています。彼らにコトバはありませんが、化学語で記憶を持っているようです。
私たち人間は、50兆個の細胞でできています。たったひとつの細胞でも「記憶」を持っているわけですから、50兆の細胞から構成されている私たちには膨大な記憶が宿っています。DNAのような「古い」記憶、内蔵の配置や骨格構造といった比較的新しい記憶、さらには体内を流れる血液やリンパの流れのような、現在の記憶など、私たちの全身には重層的な「時間」が流れています。
森田さんは「ゾウリムシは、外界の出来事を、体内に刻み込んでいる。それは、外界の刺激によって、自分自身が書き換えられてしまうということに対してゾウリムシが開かれているからこそ可能なことである」、といいます。自分が書き換えられてしまうということに開かれている、変化する用意ができているからこそ、記憶が可能であり、同時に忘却も可能なのです。
例えば、赤ちゃんはあらゆる刺激に反応し、身体のあちこちで時間が流れています。それは、目的があって何かをするというより、外の刺激に開いた結果の反応のようにみえます。
実際、私たち人間は1秒間に1100万ビットの情報を浴びるように過ごしていて、そのうち意識にのぼるのはわずか40ビットです。それくらいわずかな情報だけを取り込んでいます。
数学者の岡潔氏は、「数学は、自然数は1から始まるけれど、1が何であるかは誰にもわからないから、信じることから始めます。だから、心の働きなんです。」と言ったそうです。
そのコトバ通り、森田さんのお話は学校の数学の話という印象はあまりなく、私たちの心の状態をいろんなことと対比しながら気づかせてくれます。
内田先生は、自分の内側で起こっていること、在るものからしか、外側につくりだすことができない、という森田さんの話に対して、具体的な例を示してくださいました。
車のライトは目玉、フロントホイールは歯。海老の形の車ができないのも納得できます。
また入り口・出口も人間の身体だし、企業のビルをみれば最上階に社長室、地下はボイラー室というように、頭と末端の役割を映し出し、作っています。
もし、身体の手足が思考し、頭は他の情報処理の役割といった具合に、身体イメージが変わるとそれに基づき都市・建物・道具が新たにできるとお話されました。
森田さんは、「まったく親近感をもつことができない人工物をつくることは可能だろうか」というお話をされました。数学的な概念は、はじめ定義されたときには、親近感の持てない対象である場合が多く、しかし、その概念も様々な角度から「使用」しているうちに、徐々にその対象のクオリアのようなものが獲得されてくると言います。
直感だけに頼っていると、どうしても親近感を持てるような人工物が生まれてしまう。まったく親近感が持てないような本当の未知を生み出す、そういうある種の狂気を目指すためには、数学や論理の力が必要である、と森田さんはいいます。
「ちょっとした間違いは人間にもできるけれど、決定的なとんでもない間違いをするにはコンピュータの助けが必要である」そんなジョークを引き合いにだしながら、既知の居心地良さを飛び出す手段としての論理の強力さについて、森田さんは話してくださいました。
森田さんは「身体の持っている知性を強く信じているけれど、一方で身体的な知性だけではできない間違え方もあると思う」と、お話されました。
森田さんが高校時代まで本気で続けたバスケットの話から、内田先生に「ボールゲームは宗教儀礼」というおもしろい話をお聴きしました。
ボールゲームは、ゴールに贈り物を届けるスポーツ。それは、自陣ではなく他者の陣にむかって贈ります。英国のバブリックスクールでは、サッカー・ラグビー・クリケット・ボートがマストだったそうです。それは、コトバも交わさず、身体感覚を共有するスポーツだから。
点数をいれる勝ち負けよりも、身体感覚がひろがり、ある人が見ているものを他人が見て、ある人が感じたことを他の人も感じる、そんな一時的な共身体をつくることが目的だったそうです。
それで学ぶことは、支配者になったとき、統治するうえで大切な能力を養うことです。自分自身の感覚を皆に発信できて、自分が実際に見てなくても皆の感覚を言えるようなもの、体幹に送受信能力をもって、統治していることで、それを集中的に鍛えるのがボールゲームのようです。
実際森田さん自身も、バスケットに勝つことが楽しいわけじゃなくて、汗を流す事が楽しいわけでもなかったそうです。山伏でもあった先生がつくる練習の場、針を落とした音が全空間に広がるような張りつめた緊張感のなかでの練習がとにかく楽しかったそうです。点数をいれることより、流れの出来具合に関心があったといいます。
その後、三日三晩続く、終わらないサッカーゲームの話から、終わらない計算のお話をお聴きしました。計算には、止まる計算と止まらない計算があるといいます。そして、実際に計算してみるよりも手短に、同じアウトプットを出す方法がないような計算が無数にあるといいます。
数の世界には、計算可能数と計算不可能数があります。
そして、実は、数直線上に並んでいる計算可能数の割合は0だそうです。これを数学の言葉では「ルベーグ測度がゼロ」といいます。
数直線上のほぼ全ての数たちは、その数がその数である以上に手短かに説明することができない数で、いかなる意味にも回収されず、その数である以上に何者でもない、究極の無意味があります。おもしろいのは、計算不可能数には人間はアクセスできないし、使わないのだから、0%の計算可能数だけを用いて数学を作ろうと考えている人もいるそうです。でもそれでは、数直線の連続性が失われるし、段々近づく微分も使えなくなるといいます。これは、非存在者たちが存在者を支えているということです。
この話を聴いた内田先生は、「レヴィナスだね」と一言おっしゃいました。
その後、トークは生命に移っていきました。
生き残ったものは、生き残ろうとします。でも、生き残った私たちの祖先をたどっていくと、約35億年前の海底に住む単細胞生物です。彼らの時代から35億年経った今までの時間を映画にしてみることを想像してましょう。
すると、極寒の時代、海底火山の爆発の時代も、あらゆる危険を先読みして、逃れてきた特別な予言者のように見えるはずです。生き残ったものから振り返ると、生命は常に生き残るための努力をし、しかもその能力を備えていたように見えるわけです。
私たちは『ネットワークの網の目の一部』とイメージしてみます。すると、私たちの日常には始まりとなる起点があり、終わりの終点や区切りがありますが、それは網の目の一部を切り出した姿だと森田さんは例えました。
たとえば、今日の話を聴きにきて、「つまんない」と思った人は、ここに来た自分の判断のなさや情報収集の悪さを感じる物語ができるかもしれない。かたや、「おもしろい!」と思った人は、こうなると思っていたと自分の判断能力の正しさやそれに関するデータをかき集めて『正しいことをする自分』という物語をつくり、過去の記憶が今の時間と共に再構築されるでしょう。
このようにして生き残ったものたちは、生命の全歴史を再構成することができます。自分の記憶を再構築すると、それを土台に未来を構成していきます。だから、一度危険を乗り越えた人は、そうでない人よりも、乗り越えるチカラが強いと思う。その「思う」は、偶然だよ、というよりは、「思った方がよさそう」です。
生き残った自分が立派に仕事をすることで、「彼らが生き残ったのは意味があるんだ」と死者の鎮魂になること、実際にランダムな偶然であっても、人間は必然性があると思い做して『偶然があたかも宿命であった』と思うようにしながら、意図的に歴史は作られるというお話を内田さんからうかがいました。
森田さんは、『手段』としての意味を考えるそうです。それは『目的』としての意味ではありません。私たちは共有している多くの意味があります。遺伝子もそのひとつです。でも、それを宇宙にもっていっても意味はなく、記憶を共有しているモノ同士で通じあうものであり、ボクらのなかで交わされるもの。だから、意味はつくり変えることができるとお話されました。
3.11の震災以降、原発は大きな問題として、私たちの目の前にあります。
賛成か、反対か、ではないもう一つの「第三の選択」が必要だと甲野先生はおっしゃいました。それは、想像もできないぶっとんだモノであり、とても身近に感じられるような選択。コトバで表現できること、できないことを、技を通してお示しくださいました。
その後、トークは人間の二足歩行が実は車輪よりも効率がいいという事実や、お能のすり足の歩きにくさの理由など、身体と環境の関係を感じるお話をお聴きしました。そして、頭を通して考えることと、身体を環境においてみて、必然的にそうせざるを得ない状況で考えることは全く違うことを気づかせていただきました。
最後に参加者からの質問に丁寧にお答えいただき、鼎談は無事終了しました。
質疑応答では、「何かないか?」と知恵を絞るとき、追いつめるだけ追いつめて、フリーハンドを与えない現状や、教育における支配欲やコントロールしたい思いについて、ご回答いただきました。
例えば、3人よれば文殊の知恵というのは、3人もいれば1人では思いつかなかった”まさかのアイデア”にたどりつくことや、教育とは成長しろ、成熟しろと人を支配した結果、支配されなくなることで、教育者は自分の仕事が成功すると自分が要らなくなる仕事だということ。それは、基本はある限定的なルールのなかで強制することだけど、それを通して自分がもっているフリーハンドが使えるようになることだし、親は親が要らなくなるよう子どもを育て、医者は医者がいらなくなるよう健康にするものだとわかりやすくお話いただきました。
その後、懐庵の名物にもなった、羽釜炊きのご飯と手作りの料理そして未来来の大智さんによるドリンクサービスとともに先生方と参加者の懇親会が始まりました。
懐庵のご主人の家のなかで、薪ストーブで暖まりながら、懇親会は第二部のトーク会場として盛り上がりました。
東京からご参加いただいた先生方、ご参加いただいた皆さま、大変ありがとうございました。