Stanislas Dehaene”The Number Sense : How the Mind Creates Mathematics”(和訳:『数覚』とは何か)という著書の中で、「自然数」(1以上の整数)という概念が実は私たちが考えているほど「自然」ではない、ということを明らかにしている。私たちの生物学的な脳みそが本来「知っている」数の概念は、自然数の概念とは様々な面で異なっているのである。


ヒト以外の様々な生物にも、二つの数の大小を比較する能力があることが分かっていて、例えばチンパンジーなどは苦もなく二つの数のうち大きい方を選択するというタスクを実行できるようになるが、もちろんときに間違うことがある。そしてその間違い方には一定の傾向があることが知られていて、まず二つの数の大小関係の差が小さければ小さいほど間違いの頻度は高くなり(=distance effect)、大小関係の差が等しい場合には、比較しあっている数が大きければ大きいほど間違いの頻度が上がる(=magnitude effect)。 大きな数同士を比較する場合ほどパフォーマンスが下がるという傾向は、鳩やねずみ、イルカ、猿など他の動物でも確認されていて、生物が持っている「数を扱う能力」に普遍的な傾向であると考えられている。

このような傾向が確認されていること自体、生物の脳が、自然数のようなかたちで「離散的に」数を表象する能力を持っているわけではない、ということを示唆している。脳に本来備わっている「数覚」は、おそらくもっとアナログな方法で、連続的で曖昧なものとして数を捉えているのである。

「32+47は?」と聞かれたときに、おおよその範囲で曖昧に計算をすることはできても、瞬時に正解をたたき出せるわけではないのが人間であって、いつでも正解を即答できるコンピュータとは、そもそも計算の原理が異なっているのだ。

人は本来、大きな数を正確に扱うことに関しては不得手であって、しかしだからこそ、「自然数」というシステムを外部に構成するのだ。そうして構成された自然数の体系の助けを借りて、私たちは自分たちの脳を拡張し、本来の脳にとっては困難であった「大きな数の正確な把握」ということを達成するのである。

つまり、自然数という概念は、はじめから人の脳の中にあった構造を数学者が記述したものであるというよりは、数学者が自らの脳の欠陥を補い、拡張すべく、脳の外側に構成してきた人工物なのである。